2012年2月4日土曜日

17回生 林田真紀子さん

17回生 林田真紀子さん


スタッフ(以下、ス):ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。
林田さん(以下、林):よろしくお願いします。



ス)在校当時の思い出をお聞かせ下さい
林)部活動でバレーをやっていたことが一番の思い出です。三年生の夏まで頑張りました。朝練や昼練もあり、学祭の展示などの準備に参加できないこともしばしばありましたが楽しかったです。そのほかによく思い出すのは、授業中のことなどよりも日常の何気ないことが多いです。




ス)どのように進路、進学先を選んだのですか?
林)南山大学短期大学部の英語科へ進みました。変な話ですが、高校3年生の時に父の転勤が決まり、そのときに「家族がばらばらになってはいけない、自分が早く学校を出てまた家族揃って暮らしたい」と思ったので、2年間で卒業できる短期大学を選びました。

ス)進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。

林)みなさんが4年間かけて学ぶことをその半分の時間でやり終えなくてはならないので、授業がとても大変でした。他の授業で忙しいので教職なども取れませんでした。また、ある有名な教授の授業に出席するために何時間も予習をしなければならないこともありました。でもそれを必死にやったことがとてもいい経験になっています。
私は短期大学部でしたが、南山大学のほうのバレー部に所属していました。体育会系でした。アルバイトはミスタードーナツでしていたのですが、私が働いていた店舗のドーナッツの匂いを嗅ぐと太るという噂がながれ、そんなことは嘘に決まっているとわかってはいたものの、少しこわくなって一週間でやめてしまいました()


ス)現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。

林)名古屋インターナショナルスクールでJapanese(日本語)の教師をしています。大学卒業後はJTB勤めていたのですが、結婚して妊娠がわかって泣く泣く退社しました。でもそれからは、「今は子供といっぱい遊ぼう!」と決めて子供との時間を楽しんだので何も後悔していません。しばらくして友人から英語を教えてほしいと言われ、自宅で教え始めました。その後専門学校に二年間通い、日本語教諭の資格をとりました。名古屋インターナショナルスクールで教え始めて、今年で8年目です。今が一番楽しいですね。もちろん高校生活も大学生活も楽しかったけど、私は「戻りたい」とは思いません。自分が今までやってきたことは全部「今」のためのものだと思っています。氷山に例えるなら、見えている氷山のところが今、そして海面下の見えないところが昔で、全て積み重なってきているからこそ今があると思っています。毎日が新しい発見ですから、なにひとつ昨日を振り返ることはありません。自分がまだ成長段階だからでしょうか。
今教えている子供たちのほうが英語力は上で、子供たちに発音を指摘されることもよくありますが、とてもありがたいと思っています。教え、教えられる。子供たちと対等な関係が築けているのが嬉しいです。みんな違う国の出身なので、彼らの文化の違い や考え方の違いを分析するのが楽しみのひとつです。日々新しいストラテジーを考えています。
 





ス)千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところを聞かせてください。
林)家が近かったので、友達がよく家に出入りしていました。そのおかげで家族が私の高校生活を知ってくれたのはとてもよかったと思います。家族で話が弾むんですよ。
また、千種高校の先生方は生徒を信じてくださっていたので、自由にいろいろやれたし、同時に自由には責任がついてくるということが身を以て学べました。


ス)座右の銘があれば教えてください。

林)表向きに言っているものは、「一期一会」です。ただ、私は裏の座右の銘があって、それが「笑って棺桶に入る」です。「これはやった!」「これはできた!」といったようにそのときそのときを精一杯生きて、「あー、終わった!じゃあみんな、またね!!」と言って人生を終えたい。



ス)在校生に向けてのメッセージをお願いします。
林)「外国人の子は夢を持っている」「日本人の子は夢を持っていない」といったようなことを聞くかもしれませんが、外国の人は大学で二回以上も専攻を変えたりします。もし今夢がなくても、大学に行ってから見つければいいのです。自分がいつも何かにチャレンジしていたら必ず可能性があります。

ス)未来の千種生に向けてのメッセージをお願いします。
林)千種の自由な校風は守られてゆきます。先輩方が築いてきたこの精神は伝統となってゆきます。本当に素敵な学校なので、みなさん頑張ってください!




子供たちが可愛くて仕方がないとおっしゃる林田さん。笑顔が素敵なとってもパワフルな方でした!昔に戻りたいとは思わない、いつも今が楽しい、と明るくおっしゃるその裏には、今を充実させるための相当な努力があるのだなあと強く感じました
また、現役の千種生への言葉などは、卒業して大学生となった私にも響くものがあり、とてもグッときました。林田さんにお会いしてからは、私も毎日を前を見てすごすように心掛けるようになりました。
貴重なお話をたくさんいただき、本当にありがとうございました!

46回生 浅野侑子



2012年1月18日水曜日

17回生 原田美幸さん

17回生 原田美幸さん

スタッフ(以下、ス):ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。
原田さん(以下、原):よろしくお願いします。


ス)在校当時の思い出をお聞かせください。
原)バレー部に所属し、勉強を頑張ったとはあまり言えませんが、部活に打ち込みました。千種高校ではたくさんの友達ができました。勉強ができるだけでなく、スポーツも得意で、とにかく才能の豊かな人がたくさんいました。思い出に残っている行事は、体育祭や球技大会(現:スポ大)ですね。文化祭ではシェークスピアなどをやるクラスが多かったですね。部活の団結力はとても強かったです。高校の頃の友達は、今でも集まったりしますね。


ス)どのように進路、進学先を選んだのかお聞かせください。
原)部活は高2の2学期で引退しました。文理選択は初めから理系にすると決めていたので、悩むことはありませんでしたね。もともと本を読むことが好きだったのですが、『花埋み』という本を読んで産婦人科医になると決めて、医学部を志望しました。





ス)進学先での学校生活についてお聞かせください。
)  金沢大学を見学した際、印象が良かったので金沢大学に決めました。部活は違うことがしたいと考えていました。それで、雪が降るからスキー部に入りました(笑)バイトは家庭教師していました。6年間続けて、しっかりと稼ぎました。他にもいろいろなスポーツにも取り組みましたし、いろいろなバイトをしました。スイカを収穫するといったバイトまで(笑)お金がたまったら地球の歩き方を持参して、友達と海外旅行に行ってましたね。


ス)現在の職業とその内容についてお聞かせください。
)  夫婦で産婦人科医をしています。大変なことがたくさんありますね。緊急手術や救急車に乗って患者さんを搬送したり、わけのわからない患者さんに遭遇したり・・・経営のことも頭に入れておかないといけません。ですが、それ以上に生まれた瞬間は、何度でも感動します。お産の場面で思うのですが最近は優しい旦那さんが、多くてびっくりしています(笑)


ス)千種高校で学生生活を送ってよかったところはどこですか。
)  たくさん友達ができて、いろいろなことに一生懸命とりくむ人がたくさんいるので、刺激を受けて、改めて「このままではダメだ」と実感させられました。同じクラスでは毎年集まり、学年では5年に1度大きな集まりがあります。


ス)在校生に向けてのメッセージをお願いします。
原)今の友達を大切に!輝いてください!


)未来の千種生に向けてのメッセージをお願いします。
原)生きがいを見つけて、友達をたくさん作って、刺激を受けあえるような関係づくりを!


ス)座右の銘を教えてください。
) 人生、元気に明るく楽しく!幸せに向かってまっしぐら!

原田さん、ありがとうございました。パワフルで明るく元気な方で、楽しいお話聞かせてくださいました。違う仕事をするなら?という質問にも「横浜で男子校の近くで、お好み焼き屋をやりたい(笑)」というように、おちゃめな一面もある原田さん。お話を伺うことができて、とても有意義な時間でした! 次回は原田さん紹介して頂いた、インターナショナルスクールで日本語教師をされている林田真紀子さんです!お楽しみに! 


45回生 丸山裕之


2011年12月3日土曜日

ジャズサックス奏者 小林美千代さん


今回のOB訪問は、ジャズサックス奏者の小林美千代さんです。


スタッフ(以下、ス):ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。
小林さん(以下、小):こちらこそよろしくお願いします。


:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
小:当時は、教室の黒板の上に「自主性・自立性・自律性」と書かれた校訓が飾ってあったのですが、それを授業中に眺めながら「一体どういう意味なんだろう」と考えていた思い出があります。部活は吹奏楽部に入っていました。朝は8時前に登校して腹筋や背筋を行い、1限目の直後の放課から早弁をして、昼休みや放課後は練習と合奏の毎日でした。学校祭の3年演劇のことも印象に残っています。また、当時の授業の内容が普通よりも踏み込んだ内容だったように思います。吹奏学部の顧問でもあった今泉先生(通称「いません」先生)は音楽の授業で、どの生徒にも自分で作曲をさせていました。また、詩吟を読む国語の先生や、近くの公園まで地質を観察しに行く授業などもありました。教科書以外の内容もどんどん入ってきて、高校の授業というよりは大学の講義に近かったような気がします。

                  

ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
小:小学生の頃から、「エレクトーンの先生」になるつもりでいたのですが、友達に勧められて受かった大学(英文科)に進学し、そこのジャズ研に入って活動をしていました。当時、女子大にジャズのサークルがあるというのは珍しいことでした。本当なら大学で音楽を勉強したかったのですが、諸事情により諦めました。それに今のように大学にジャズ科などもちろんありませんでした。卒業後しばらくは、ヤマハエレクトーンのインストラクターをしながらジャズやサックスなど様々な勉強をしました。その後、師・土岐英史氏の薦めもあり、ジャズの世界に入りました。


:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
小:主に演奏とレッスンの2つの仕事をしています。アーティストとしてのライブハウスでの演奏の他にも、公共の野外イベントやパーティアトラクションでも演奏させて頂いています。その場のお客様に楽しんで頂けるように、状況に合わせて選曲するなどしています。作曲もしますが、難解なものばかりでなく、わかりやすく耳に馴染みやすい曲も意識して作っています。自分の世界を突き詰めることも大切ですが、やはりジャズファンではない一般のお客様にも楽しんで頂けると嬉しいですね。



:千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところがあれば教えて下さい。
小:みんなが個性的なところですかね・・・。他と比べることができないので、何とも言えないのですが・・・。(笑)でも、例えば、修学旅行では行き先から自分たちで決め、どういう活動をするのかまで生徒自身が決めていました。こういったところにも、校訓が表れていますよね。




:座右の銘を教えて下さい。
小:「真善美」という言葉が好きです。「真理・善・美しさ」ですね。どんな人の中にも善と悪は存在します。まるで「スターウォーズ」みたいに善と悪の戦いです。その中で、できる限りでいいから善の方を取って、真善美という言葉を胸に生きていきたいと思います。「自然」の中にも「真善美」を感じます。私たちに光や温もりを与えてくれる「太陽」も「真善美」。私は「真=善=美」であるとも思っています。真は善きものであるし、美しい。そして、人間が真善美である時って、何かに真剣に向かっている時ではないのかな?と思います。何かに熱中している人ってとても美しいし、とても素敵だと思いませんか?

 


:在校生、未来の千種生に向けてのメッセージをお願いします。
小:高校時代は一度しかない多感な時期です。できる限り前に出てみて、悩んで、苦しんで、はじけて100%楽しんでください!



 今回の訪問では、同窓生としての小林さんとアーティストとしての小林さんの両方を垣間見ることができました。千種にいらっしゃる頃は思う存分学生生活を楽しみ、ご卒業されてからは、夢に向かって着々と進んでいかれた様子が伺えました。お話の中では「真善美」が特に印象的で、小林さんのお人柄が良く表れた言葉だと感じました。最後にはサックスの生演奏まで聴かせて頂き、大満足のOB訪問でした!小林さん、ありがとうございました!




小林美千代さんの公式HP→こちらからどうぞ

次回は、ライフショップされている20回生の吉田浩一さんです!広がれちぐわ〜!

45回生 平野遥

2011年11月29日火曜日

34回生 小松顕太郎さん

今回のOB訪問は、日進市で赤ちゃん手形屋をされている、34回生小松顕太郎さんです。

スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。

小松さん(以下、小):お願いします。





ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
小: 学祭とバスケットです。学祭では、イベント事で目立つしかないと思い、演劇で主役を務めました。泣くシーンがあったのですが、練習ではなかなか泣けず苦労しました。しかし本番では、達成感と、もう終わってしまうという寂しさで自然と涙が流れました。バスケットに関しては、これをやるために入学したと言っても過言ではありません。朝から晩までバスケットをしていた記憶があります。    



ス:どのように進路、進学先を選びましたか?
小: 大学受験は、バスケットにのめり込んでいたため1年浪人しました。先輩や同級生と同じ環境で勉強がしたいと思い、同志社に決めました。    







ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
小: 大学でもバスケットをしたいと思ったのですが、高校で完全燃焼したため今度は楽しくやりたいと思い、バスケットサークルに入りました。とにかくやりたかったアルバイトは、興味あるものを沢山やりました。例えば、飲食店・スポーツジム・コンビニ・家庭教師・引越屋・旅行の添乗員など…旅行は大好きで、全国の都道府県はほとんど制覇しました。また、国家資格を取得し、旅行会社へ勤めることになりました。    

ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
小: 赤ちゃん手形足形彫刻専門店のお仕事をしています。作り方は、お客様に型をとるキットを送る→お客様から送られてきた型を元にガラスや石に彫刻する(デザイン等の打ち合わせも)→3~4週間で完成、といった感じです。粘土は風化してしまうけど、この方法だと一生残る素敵な手形足形が作れますよ。また、このお仕事をすることになったきっかけは、旅行会社に勤めている時、インターネットを媒体としていても注文が沢山あることを知ったことと、両親が建築業界の人間で、表札など彫刻の技術は知っていたことです。これらのヒントを元に、ネットで専門性があって皆が喜ぶことをしたい!失敗しても働く所はあるしとにかくやってみよう!とお店をオープンしました。 


ス:在校生・未来の千種生へのメッセージを聞かせて下さい。
小: 千種生はモチベーションが高く、自分に自信があって目がキラキラしています。私はこの学校で、素晴らしい友人に出会うことが出来ました。    





ス:千種高校で学校生活を送って良かったと感じる所を教えて下さい
小:千種生はモチベーションが高く、自分に自信があって目がキラキラしています。私はこの学校で、素晴らしい友人に出会うことが出来ました。

ス:座右の銘があれば教えて下さい
小:チャレンジ精神を大事にしています。途中でやめても、結局は後悔するので、駄目かな?無理かな?と思ってもとにかく何でも飛び込んでやってみます。

ス:在高生に向けてのメッセージ
小:千種は勉強も恋愛もバランス良く学校生活が送れるので、豊かな人間性を作り出します。千種生は、生きていく上で社会においても自信を持って良い。自信を持って突き進んで下さい。



ス未来の千種生に向けてのメッセージ
小:思春期を充実したものに出来る学校だと思うのでオススメです。


小松さん、ありがとうございました。お話を聞く中で、小松さんのチャレンジ精神に圧倒されることが沢山ありました。インタビューを終えた時には、あまりの生き方の格好良さに千種高校の先輩というよりも、人生の先輩というような印象へと変わっていました。小松様のチャレンジ精神に私たちスタッフはとても勇気付けられました。


45回生 松山文香

2011年10月17日月曜日

17回生 稲熊大城さん


今回のOB訪問は、名古屋第二赤十字病院にお勤めの17回生、稲熊大城さんです。

スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。

稲熊さん(以下、稲):お願いします。



ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
稲:一番燃えた行事は学祭です。展示も演劇もクラスが団結して全力で取り組む姿は、今も昔も変わりません。当時FFはFinal FestivalではなくFire Festivalというものでした。カップルロードは昔からありましたよ(笑)


ス:どのように進路、進学先を選びましたか?
稲:子供の頃に入院をしていたこともあり、医師という仕事を身近に感じ憧れていたため、それに合わせ選びました。


ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
稲:名古屋大学医学部に進学しました。大学では野球部に所属していました。学生時代に、旅行と語学をもっとしておきたかったです。大学に入ってからは、千種の団結力の強さをより一層感じました。


ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
稲:大学卒業後は公立陶生病院に勤めた後、医療の勉強のためフロリダへ留学しました。その際、日本とアメリカの医療はあらゆる点において異なることを知りました。現在は名古屋第二赤十字病院で医師をしています。腎不全の患者さんを専門に診ています。この病院では千種の卒業生も多く働いています。


ス:在校生・未来の千種生へのメッセージを聞かせて下さい。
稲:千種での時間は黄金時代です。千種での思いを忘れずに過ごしてください。


稲熊さんが現役生だった頃、FFはまだFire Festivalだったそうで、のちにFFが今のFinal Festivalに変わったこと、みなさんは知っていましたか?まだ卒業したての私には驚きの話でした。他にも健脚会や学校付近のお店など、今とは違った千種のお話を聞かせていただきました。


また、医療の勉強のためフロリダへ留学した際に学んだ、日本とアメリカの医療の違いも教えてくださいました。医師として働いていく中で、ビジネスにとらわれない日本の医療の良さを残していきたいとおっしゃっていたのが心に残りました。


短い時間でしたが、昔の千種の懐かしい話、稲熊さんの医師としての考え方をお聞きすることができて、非常に有意義な時間でした。


稲熊さん、お忙しい中ありがとうございました!