2011年12月3日土曜日

ジャズサックス奏者 小林美千代さん


今回のOB訪問は、ジャズサックス奏者の小林美千代さんです。


スタッフ(以下、ス):ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。
小林さん(以下、小):こちらこそよろしくお願いします。


:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
小:当時は、教室の黒板の上に「自主性・自立性・自律性」と書かれた校訓が飾ってあったのですが、それを授業中に眺めながら「一体どういう意味なんだろう」と考えていた思い出があります。部活は吹奏楽部に入っていました。朝は8時前に登校して腹筋や背筋を行い、1限目の直後の放課から早弁をして、昼休みや放課後は練習と合奏の毎日でした。学校祭の3年演劇のことも印象に残っています。また、当時の授業の内容が普通よりも踏み込んだ内容だったように思います。吹奏学部の顧問でもあった今泉先生(通称「いません」先生)は音楽の授業で、どの生徒にも自分で作曲をさせていました。また、詩吟を読む国語の先生や、近くの公園まで地質を観察しに行く授業などもありました。教科書以外の内容もどんどん入ってきて、高校の授業というよりは大学の講義に近かったような気がします。

                  

ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
小:小学生の頃から、「エレクトーンの先生」になるつもりでいたのですが、友達に勧められて受かった大学(英文科)に進学し、そこのジャズ研に入って活動をしていました。当時、女子大にジャズのサークルがあるというのは珍しいことでした。本当なら大学で音楽を勉強したかったのですが、諸事情により諦めました。それに今のように大学にジャズ科などもちろんありませんでした。卒業後しばらくは、ヤマハエレクトーンのインストラクターをしながらジャズやサックスなど様々な勉強をしました。その後、師・土岐英史氏の薦めもあり、ジャズの世界に入りました。


:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
小:主に演奏とレッスンの2つの仕事をしています。アーティストとしてのライブハウスでの演奏の他にも、公共の野外イベントやパーティアトラクションでも演奏させて頂いています。その場のお客様に楽しんで頂けるように、状況に合わせて選曲するなどしています。作曲もしますが、難解なものばかりでなく、わかりやすく耳に馴染みやすい曲も意識して作っています。自分の世界を突き詰めることも大切ですが、やはりジャズファンではない一般のお客様にも楽しんで頂けると嬉しいですね。



:千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところがあれば教えて下さい。
小:みんなが個性的なところですかね・・・。他と比べることができないので、何とも言えないのですが・・・。(笑)でも、例えば、修学旅行では行き先から自分たちで決め、どういう活動をするのかまで生徒自身が決めていました。こういったところにも、校訓が表れていますよね。




:座右の銘を教えて下さい。
小:「真善美」という言葉が好きです。「真理・善・美しさ」ですね。どんな人の中にも善と悪は存在します。まるで「スターウォーズ」みたいに善と悪の戦いです。その中で、できる限りでいいから善の方を取って、真善美という言葉を胸に生きていきたいと思います。「自然」の中にも「真善美」を感じます。私たちに光や温もりを与えてくれる「太陽」も「真善美」。私は「真=善=美」であるとも思っています。真は善きものであるし、美しい。そして、人間が真善美である時って、何かに真剣に向かっている時ではないのかな?と思います。何かに熱中している人ってとても美しいし、とても素敵だと思いませんか?

 


:在校生、未来の千種生に向けてのメッセージをお願いします。
小:高校時代は一度しかない多感な時期です。できる限り前に出てみて、悩んで、苦しんで、はじけて100%楽しんでください!



 今回の訪問では、同窓生としての小林さんとアーティストとしての小林さんの両方を垣間見ることができました。千種にいらっしゃる頃は思う存分学生生活を楽しみ、ご卒業されてからは、夢に向かって着々と進んでいかれた様子が伺えました。お話の中では「真善美」が特に印象的で、小林さんのお人柄が良く表れた言葉だと感じました。最後にはサックスの生演奏まで聴かせて頂き、大満足のOB訪問でした!小林さん、ありがとうございました!




小林美千代さんの公式HP→こちらからどうぞ

次回は、ライフショップされている20回生の吉田浩一さんです!広がれちぐわ〜!

45回生 平野遥

2011年11月29日火曜日

34回生 小松顕太郎さん

今回のOB訪問は、日進市で赤ちゃん手形屋をされている、34回生小松顕太郎さんです。

スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。

小松さん(以下、小):お願いします。





ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
小: 学祭とバスケットです。学祭では、イベント事で目立つしかないと思い、演劇で主役を務めました。泣くシーンがあったのですが、練習ではなかなか泣けず苦労しました。しかし本番では、達成感と、もう終わってしまうという寂しさで自然と涙が流れました。バスケットに関しては、これをやるために入学したと言っても過言ではありません。朝から晩までバスケットをしていた記憶があります。    



ス:どのように進路、進学先を選びましたか?
小: 大学受験は、バスケットにのめり込んでいたため1年浪人しました。先輩や同級生と同じ環境で勉強がしたいと思い、同志社に決めました。    







ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
小: 大学でもバスケットをしたいと思ったのですが、高校で完全燃焼したため今度は楽しくやりたいと思い、バスケットサークルに入りました。とにかくやりたかったアルバイトは、興味あるものを沢山やりました。例えば、飲食店・スポーツジム・コンビニ・家庭教師・引越屋・旅行の添乗員など…旅行は大好きで、全国の都道府県はほとんど制覇しました。また、国家資格を取得し、旅行会社へ勤めることになりました。    

ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
小: 赤ちゃん手形足形彫刻専門店のお仕事をしています。作り方は、お客様に型をとるキットを送る→お客様から送られてきた型を元にガラスや石に彫刻する(デザイン等の打ち合わせも)→3~4週間で完成、といった感じです。粘土は風化してしまうけど、この方法だと一生残る素敵な手形足形が作れますよ。また、このお仕事をすることになったきっかけは、旅行会社に勤めている時、インターネットを媒体としていても注文が沢山あることを知ったことと、両親が建築業界の人間で、表札など彫刻の技術は知っていたことです。これらのヒントを元に、ネットで専門性があって皆が喜ぶことをしたい!失敗しても働く所はあるしとにかくやってみよう!とお店をオープンしました。 


ス:在校生・未来の千種生へのメッセージを聞かせて下さい。
小: 千種生はモチベーションが高く、自分に自信があって目がキラキラしています。私はこの学校で、素晴らしい友人に出会うことが出来ました。    





ス:千種高校で学校生活を送って良かったと感じる所を教えて下さい
小:千種生はモチベーションが高く、自分に自信があって目がキラキラしています。私はこの学校で、素晴らしい友人に出会うことが出来ました。

ス:座右の銘があれば教えて下さい
小:チャレンジ精神を大事にしています。途中でやめても、結局は後悔するので、駄目かな?無理かな?と思ってもとにかく何でも飛び込んでやってみます。

ス:在高生に向けてのメッセージ
小:千種は勉強も恋愛もバランス良く学校生活が送れるので、豊かな人間性を作り出します。千種生は、生きていく上で社会においても自信を持って良い。自信を持って突き進んで下さい。



ス未来の千種生に向けてのメッセージ
小:思春期を充実したものに出来る学校だと思うのでオススメです。


小松さん、ありがとうございました。お話を聞く中で、小松さんのチャレンジ精神に圧倒されることが沢山ありました。インタビューを終えた時には、あまりの生き方の格好良さに千種高校の先輩というよりも、人生の先輩というような印象へと変わっていました。小松様のチャレンジ精神に私たちスタッフはとても勇気付けられました。


45回生 松山文香

2011年10月17日月曜日

17回生 稲熊大城さん


今回のOB訪問は、名古屋第二赤十字病院にお勤めの17回生、稲熊大城さんです。

スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。

稲熊さん(以下、稲):お願いします。



ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。
稲:一番燃えた行事は学祭です。展示も演劇もクラスが団結して全力で取り組む姿は、今も昔も変わりません。当時FFはFinal FestivalではなくFire Festivalというものでした。カップルロードは昔からありましたよ(笑)


ス:どのように進路、進学先を選びましたか?
稲:子供の頃に入院をしていたこともあり、医師という仕事を身近に感じ憧れていたため、それに合わせ選びました。


ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
稲:名古屋大学医学部に進学しました。大学では野球部に所属していました。学生時代に、旅行と語学をもっとしておきたかったです。大学に入ってからは、千種の団結力の強さをより一層感じました。


ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
稲:大学卒業後は公立陶生病院に勤めた後、医療の勉強のためフロリダへ留学しました。その際、日本とアメリカの医療はあらゆる点において異なることを知りました。現在は名古屋第二赤十字病院で医師をしています。腎不全の患者さんを専門に診ています。この病院では千種の卒業生も多く働いています。


ス:在校生・未来の千種生へのメッセージを聞かせて下さい。
稲:千種での時間は黄金時代です。千種での思いを忘れずに過ごしてください。


稲熊さんが現役生だった頃、FFはまだFire Festivalだったそうで、のちにFFが今のFinal Festivalに変わったこと、みなさんは知っていましたか?まだ卒業したての私には驚きの話でした。他にも健脚会や学校付近のお店など、今とは違った千種のお話を聞かせていただきました。


また、医療の勉強のためフロリダへ留学した際に学んだ、日本とアメリカの医療の違いも教えてくださいました。医師として働いていく中で、ビジネスにとらわれない日本の医療の良さを残していきたいとおっしゃっていたのが心に残りました。


短い時間でしたが、昔の千種の懐かしい話、稲熊さんの医師としての考え方をお聞きすることができて、非常に有意義な時間でした。


稲熊さん、お忙しい中ありがとうございました!

2011年10月13日木曜日

33回生 村川祐介さん


今回のOB訪問は、T自動車にお勤めの33回生、村川祐介さんです。
千種高校での思い出話から、進学先、現在のお仕事について様々なお話を聞かせていただきました。

スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。


村川さん(以下、村):お願いします。


ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい
村:千種での思い出はズバリ部活。男子バスケットボール部に所属していました。
中学生の頃、『月刊バスケットボール』に載っていた千種のバスケ部に憧れ、千種高校に入学しました。とても厳しく、辛かった部活動。しかし今ではそれを話のネタに、バスケ部の仲間とおいしいお酒が飲めます。また、3年演劇ではキャストを務め、見事グランプリを獲得。本番での演技や周りの反応など、今でも鮮明に覚えていて忘れられない思い出です。



ス:どのように進路、進学先を選びましたか?
村:大学のゼミで広告やマーケティングについて学んだのがきっかけで、物を作っている会社の宣伝をしたいと思い、現在の就職先を選びました。



ス:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
村:大学生の時には「ベタな大学生っぽくないことをしたい」と思い、TV局のカメラマンのアシスタントのアルバイトをしていました。突然呼び出され、現場に取材に行くこともあって、貴重な経験ができました。



ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
村:T自動車販売企画室にて、車を販売するために様々な戦略を立てています。




ス:在校生・未来の千種生へのメッセージ
村:最後に村川さんから在校生、未来の千種生へのメッセージです。在校生は今の学校生活を最高に楽しんでください。そうすれば、大人になっても一緒に遊べる最高の仲間に出会えます!自分は千種高校でよかったと思うし、周りで後悔している人もいないと思います。モチベーションの高い人が集まっていると思うから、そういう一員になれる。

何かをしたいというモチベーションを持っている方はぜひ千種高校へ。









千種愛を感じたとても楽しいOB訪問でした!!村川さんありがとうございました。


45回生 小林加奈


15回生 川部勤さん

今回は15回生の川部勤さんにお話を聞かせて頂きました!



スタッフ(以下、ス)ではインタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。

川部さん(以下、川):お願いします。


ス:在校当時の思い出をお聞かせ下さい。

川:家が近かったので学校までは自転車で、登校時刻ギリギリで登校していました。
同じ中学校からたくさん入ったので、あまり変わった気がしませんでした。学校生活
は面白くて、優秀なひとが多く、変わった先生がたくさんいました。


ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。

川:もともとは呼吸器内科医ですが、アレルギーを中心に免疫学を教育・研究をして
います。


ス:千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところを教えて下さい。

川:非常に自由でした。先生たちはどうやって子供たちを育てるかすごく考えてい
て、学生の自主性に任せ、締め付けは全くありませんでした。生徒たちも馬力があり
ました。


ス:在校生にむけてのメッセージをお聞かせ下さい。

川:頑張れば道が開けるのは本当です。目の前に現れたハードルが高そうに見えて
も、走り始めると思ったほど高くないと思えるようになるので、めげずに走り続けて
ほしい。諦めるのは走ってみてからで、まず走り始めることに頑張ってほしいです。




ス:未来の千種生に向けてのメッセージをお願いします。

川:先輩たちがつくってきた伝統の中で過ごしているという気持ちを忘れずに持って
いてほしいです。そして、次に自分たちの伝統をつくっていくことを考えていってほ
しいです。


編集後記:

川部さんの恩師の先生についてのお話も聞くことができました。



いまでもお付き合いがあるそうで、とても厚い信頼関係を感じました。
卒業しても生徒と先生という信頼関係が続いていて、なんだか暖かい気持ちになりました。
千種高校はいい先生方に恵まれていますね!私も千種の先生方が大好きです!(^0^)

川部さんは終始、笑顔でインタビューに応じてくださり、目指すところへ楽しみながら
まっすぐと進んでいく姿勢が感じられました。為になるお話が聞けました!

いや~、千種はアツいです!本当に素敵な母校だと改めて思いました!(^0^)

川部さんありがとうございました!

2011年8月20日土曜日

23回生 杉村祐紀さん

23回生の杉村祐紀さんにお話を伺いました!
杉村さんは現在メットライフアリコでお仕事をされています。

スタッフ(以下、ス):では、インタビューをはじめさせて頂きます。よろしくお願いします。
杉村さん(以下、杉):お願いします。





   

:在校当時の思い出をお聞かせ下さい

杉:バスケットボールがやりたくて千種高校に入学しました。なので、在学当時の思い出といえば、部活と学祭です。学祭は展示や演劇ももちろんだけど、特に「我楽多市」に力を入れました。今の我楽多市の収益ってだいたい10万円台だと思うんですけど、当時は1万円くらいだったんです。それをもっと頑張ってみようと思い、今の10万円台まで成長させました。

                     
:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。

杉:京都の大学に進学したのですが、当時の千種高校は進学先が東大30人、京大50人というのが黄金ルートだったんです。正直、ここまで人数が多いと仕事などで、「東大・京大出身者」に会っても全然ひるまなくなるぞ!って言うくらいたくさんいました。そういうこともあって、京都にも仲のよい友達や、高校の部活の先輩がたくさんいたんです。なので、大学時代も高校時代の友人や先輩と部活や遊びを楽しんでいました。

ス:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。

杉:メットライフアリコで勤務しています。保険ってその家や会社の財を守る仕事なんですけど、よくわからずに保険だけかけて、損をしてしまっている人ってたくさんいるんです。でも、守るためのものなのに、結局損して首を絞めているっておかしな話ですよね。そんな人や会社の先生になりたいなと思って働いています。アドバイスをしながら、よい方向へコントロールをしていく仕事です。
そうして、名古屋や中部をもっと活気の溢れる社会に変えていって、そして中部から日本全体をもっと元気に変えていきたいんです。

 
:千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところ

杉:千種生は「自由」の意味をちゃんとわかっている。「自由」って「わがまま」とは違いますよね。社会に出ると、それをわかっていない人がたくさんいて驚きましたけど、千種生でそういった人は一人もいなかった気がします。だから、話をしていても話がわかるし、余計な説明とかをしなくてもお互い通じ合える。卒業して何年も経つけど、今でも一緒に飲んだり、話し合ったりする友達がたくさんいます。そういう存在をもてたってことはすごく良かったですね。



:座右の銘
杉:「温故知新」は大切です。新しいものを創り出すことは、やっぱり昔のことを知ってからじゃないとできないんですよ。会社でも「最近の若い奴は・・・」って声が聞こえてくるけど、そうはあまり思いません。今までに起こったことをしっかり勉強して、それで自分はこの先どう行動するのかを考えることが大切だと思います。あと、「自分を伸ばそう!と思ったら自分に素直になること」。
松下電器の創業者、松下幸之助は「自分に素直になりたかったら、朝起きて一番に太陽見ながら『今日も素直でいられますように』ってお願いしなさい。30年間毎日。」って言ったそうです。これを聞いて、どう思いますか?「うわ~。30年間毎日とか長いな~」って思うでしょ?でもね、本当に素直な奴は「わかりました!」って言って本当にやるんですよ。素直になるって簡単だけど、大変なことなんです。



:在校生・未来の千種生に向けてのメッセージ
 
杉:勉強は大切です。学校の授業を聞いていると「こんなのどこで使うの?」と思うことがあるかもしれません。例えば、因数分解なんか日常生活のどこで使うの?って思いますよね。でも、あれって同じものでまとめて、掛け合わせる作業をしているんです。これは仕事を効率よく進ませるのにすごく大切な方法なんですよ。ものごとは因数分解で解決できるんです。物理や化学も同じ。今は何に使うのかわからなくてムダと感じることがあるかもしれませんが、一つもムダなんてありません。なので、勉強も頑張ってください。知恵は無限大です。
あと、人との出会いも大切にしてください!自分と相手との間に生まれた結びつきをいかに太く、強いものにしていくか。たくさんの人と出会って、たくさんの強い結びつきを作ってください!


杉村祐紀さん、お忙しい中インタビュー引き受けて頂きありがとうございました!
次回は23回生の今井智久さんにお話を伺う予定です!

2011年6月23日木曜日

15回生渡邊源市さん ~念ずれば通ず~

今回は15回生渡邊源市さんの収録をおこないました!渡邊さんは卒業後研修医を歴任された後、アメリカに留学、帰国後は勤務医として働き、今は八事でクリニックをされています。



ではインタビューを始めさせていただきます。
スタッフ(以下:ス)よろしくお願いします。
渡邊さん(以下渡)15回生の渡邊源市です。よろしくお願いします。





:在校当時の思い出をお聞かせ下さい

渡:入学式当日にあまりの高校の汚なさにまず驚きました。笑 校長先生がとてつもなくインパクトがあり、最初は驚きましたが、毎回の挨拶は人生のためになるお話ばかりで、とても印象に残っています。

それと周りの同級生があまりに出来る子ばかりで正直驚きを通り越して、落胆しました。次第に付き合っていく中で、勉強ができるだけでなく、すごく性格もいい子が多かったです。学祭では、クラスで署名したり、嘆願書を書いたりして何とか、登り窯を実現させたのもとても印象的です!
 

:どのように進路、進学先を選びましたか?

渡:父方の叔父が医者をやっていたのが最初のきっかけだと思います。病気になると叔父がいつも駆けつけてくれて、病気を治してくれました。そんな叔父をみて育ったので、人の手助けをできる職業として選びました。

高校に入学した後に、周りに医者を目指している友人がたくさんいたのも幸運だったと思います。みんなで、助け合って、話しあって、人助けができてお金ももらえる最高の職業として目指す決心ができました。 
浪人時代に仲間と助け合って勉強できたのもすごくよかったです。






:進学先、学生生活についてお聞かせ下さい。
渡:名古屋大学医学部医学科に進学しました。千種高校で培ったことをベースに大学生活を送りました。特にLTで行ったディスカッションや学祭でみんなで何か作り上げることを体で学んでいたので、その延長で大学でも同じような活動をしていました。


:現在の職業とその内容についてお聞かせ下さい。
渡:医師をしております。卒業後は研修医を歴任した後、ニューヨークとシカゴへの3年半の留学を経て、日本にまた戻りました。しばらく勤務医を続けた後、自分でクリニックを開業させていただきました。専門は糖尿病についてです。




:千種高校で学生生活を送って良かったと感じるところ
渡:友人に恵まれたことです。同じ目標を、励ましあって取り組んでいけたのがよかったです。今でも同窓会をしています。


 6:座右の銘
念ずれば通ず。思っていることを自分の中に閉じ込めるのではく、声に出して言うことで、周りの人から色んなアドバイスをもらうこともできるし、助けていただくこともできます。それらを吸収して、もういちど自分の中でまた考えることでより、深く自分の考えを見つめなおせるのではないでしょうか。




7:在校生に向けてのメッセージ
友達は宝物です。これから長い人生を生きていく友として、付き合っていってください!そのために同窓会を頑張っていきたいです。



8:未来の千種生に向けてのメッセージ
楽しい高校生活がみなさんを待っています!想いを共有できる友人、朝まで語りつくし、みんなをひとつにまとめてします学校祭、みなさんの高校生活をかけがえのないものにする魔法が千種高校にはあります。そして卒業してからも、色んな世代の卒業生と繋がっていけるのも魅力的です。千種高校に入学するのを願っているみなさんを心から応援しています。




渡邊源市さん、お忙しい中インタビュー引き受けて頂きありがとうございました!
次回は15回生の川部勤さんです!
お楽しみに!